南海堺駅の西にある大浜公園にきました。
ここには、幕末に砲台が多数設置され、沿岸の防衛にあたっていました。
公園の一角には当時の石積みの一部が残されています。
菖蒲園が整備され、景色の一部となっている石積みですが、
台場跡の東側にあたる部分であり、他は開発を受けて残っていないようです。
堺「南」砲台場というくらいなので、堺「北」砲台場もあったのですが、
現在は、工場が立ち並ぶ地域として開発を受けており、全く痕跡が残っていないようですが、観光客は近くの旧堺灯台は見に行っても、堺南砲台場跡は見に来る人がほとんどいないようなのが残念です。
日: 2010年5月23日
国見城 大阪府の城館
あいにくの雨でしたが、大阪府堺市の国見城跡へやってきました。
って、ここは「仁徳天皇陵」じゃないか?と思われたかもしれませんが、ここは戦国時代、讃岐・摂津を拠点とした三好氏により城跡として使用されたことがある、れっきとした城なのです。
30代以上の方は学校で「仁徳天皇陵」と習ったと思いますが、今は「大仙陵古墳」というのが正式名のようですね。
5世紀中期の築造と考えられている仁徳天皇陵は、全長約486メートルの日本一巨大な古墳です。
天然の城郭となった訳は・・・
この古墳のまわりを囲んでいる大きな水掘です。
現在は宮内庁の管轄で、一番外側の掘より中には入ることはできませんが、
三重にめぐらされた堀はそれぞれに幅が広く、
鉄壁の平山城の備えですね。本当に大きい、平地の堺市内からは山のように見えます。