千葉市生実城跡 昭和63年度・平成3~6年度調査

千葉市生実城跡
編集・発行:千葉市教育委員会、財団法人千葉市文化財調査協会
発行日:2002年3月31日
ページ数:210P+44P
定価:不明
オススメ度:★★★☆☆
「生実城跡は、村田川の北方約2.5km、西側に海岸低地を望む標高約17~21mを測る台地上に立地している。この台地の南と北側には赤井谷津の支谷、西側は海岸低地を望む急峻な崖地を呈し、東側には生実台地を北東から廻る谷津で囲まれており、自然地形を利用した城跡を形成している。城域は推定でおよそ32万m2におよぶ大規模なものだが、生実城の中心域は昭和44・45年の団地造成に伴い破壊され、現在はその旧状を伺い知ることはできない。また、周囲の大部分も宅地化が進行するなどにより地形が大きく改変されており、生実神社西側の空堀と大手口付近の土塁が僅かにその名残をとどめているにすぎない。」

生実城の部分的発掘調査報告書であるが、城主であった原氏系譜、編年表や城跡や後の陣屋の復元図などが掲載され、総合的な内容となっている。
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中野城山居館跡 発掘調査報告書

中野城山居館跡 発掘調査報告書
編集・発行:中野区教育委員会、中野城山遺跡調査会
発行日:1991年11月1日
ページ数:62P+図版29P+付図1枚
定価:不明
オススメ度:★★★☆☆
「中野城山居館跡はそういった伝承の地の一つとして、江戸時代から城山と呼ばれ、中世城館跡として知られてきました。特に、城主については、堀江兵部をはじめとして、平忠常・平将頼・平重俊・太田道灌など多くの伝承が残されています。このたび、この伝承の地である中野城山居館跡を発掘調査する機会を得まして、居館跡の証である土塁跡、建物跡、井戸跡などを調査し、多くの成果をあげることができました。」

書評:
かなり広範囲が発掘調査され遺物や遺構が数多く発見されています。図版2の1909年事典の航空写真に透明な地形図を重ねたページは、道路が往時と重なり、城の位置がよくわかります。
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白金館址遺跡Ⅲ 研究編

白金館址遺跡Ⅲ 研究編
編集:白金館址遺跡調査会
発行:白金館址遺跡調査会
発行日:1989年6月
ページ数:98P+付図1枚
定価:不明
オススメ度:★★★☆☆
「今回ここに報告した白金館址遺跡は、国立自然教育園の東側に位置している。発掘調査は開発事業主の違いから、特別養護老人ホーム建設用地、亜東関係協会東京弁事所公舎等建設用地、の二件に分けて実施された。ふたつの用地は南北に隣接した位置にあり、遺跡の分析を行うには当時の土地利用の状況に基いた検討が望ましいとの観点から、本書では両地区を併せた遺跡の考察を行っている。」

書評:
中世の白金館の想定遺跡内ではあるが、土塁の外側であるらしく、明確な遺構・遺物は見つかっていない。題名とは別に江戸の大名屋敷跡の報告書として読むのが妥当です。
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茅ケ崎城

茅ケ崎城
編集・発行:横浜市埋蔵文化財センター
発行日:1981年3月31日
ページ数:70P
定価:不明
オススメ度:★★★☆☆
「今回の調査によって、掘・土塁などの遺構が極めて良好な形で残っていることが判り、小田原北条氏の重臣笠原氏の居城である小机城の支城として北の守りを固めたとされる往時の姿を彷彿とさせました。」

書評:
市街地近くにありながら、ここまで良好に遺構が残存しているのは奇跡ですね。
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白金館址遺跡Ⅱ

白金館址遺跡Ⅱ
編集:白金館址(亜東関係協会東京辨事所公舎等建設用地)遺跡調査団
発行:白金館址(亜東関係協会東京辨事所公舎等建設用地)遺跡調査会
発行日:1988年12月
ページ数:141P+図版63P+付図3枚
定価:不明
オススメ度:★★★☆☆
「本遺跡は、南接する港区特別養護老人ホーム建設用地とともに中世城館白金館址遺跡の一画に相当するが、本遺跡においては中世館址に関わると推定される遺構・遺物は確認されなかった。」
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白金館址遺跡Ⅰ

白金館址遺跡Ⅰ
編集:白金館址(特別養護老人ホーム建設用地)遺跡調査団
発行:白金館址(特別養護老人ホーム建設用地)遺跡調査会
発行日:1988年3月
ページ数:213P+図版84P+付図3枚
定価:不明
オススメ度:★★★☆☆
「本遺跡は中世館址である白金館址遺跡の一画に相当する。従って発掘調査の目的の一つに、中世館址に関わると推定される遺構・遺物の確認があったが、今回の調査では中世館址の存在を証すると思われる考古学的な情報は全く得られなかった。」
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衣笠城跡・後山遺跡 横浜横須賀道路建設にともなう事前調査

衣笠城跡・後山遺跡 横浜横須賀道路建設にともなう事前調査
編集:横浜横須賀道路埋蔵文化財発掘調査団
発行:日本道路公団、横浜横須賀道路埋蔵文化財発掘調査団
発行日:1982年2月
ページ数:(衣笠城跡)27P+図版10P+(後山遺跡)45P+図版12P
定価:非売品
オススメ度:★★★☆☆
「本書は横浜横須賀道路建設にともなう事前調査の発掘報告書である。横浜から三浦半島へのバイパス道路として横浜横須賀道路が計画され、日本道路公団によって施行されることとなった。この路線が通過する葉山町と、横須賀市内でそれぞれ、埋蔵文化財が所在することがわかった。葉山町では後山遺跡、横須賀市では衣笠城跡である。神奈川県教育委員会ではこれらの遺跡の取り扱いについて日本道路公団と協議に入った。とくに衣笠城跡は平安時代に築かれた三浦氏の拠点であり、その城の南側部分を西から東へ縦断する形で道路が通過するよう計画されていた。この計画敷地内には空堀・土橋などが存在し、その現状保存について協議が重ねられた。しかし、地形上からまた、道路の構造上からもこれらの遺構を現状保存することは困難であるとの事で記録保存のやむなきに至ったという経過がある。なお、空堀の南側は当初土盛で道路を造る計画であったが、関係者の努力で橋梁に計画変更された。」
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史跡横須賀城跡 史跡等活用特別事業報告書 本丸前・天守台等復原整備事業

史跡横須賀城跡 史跡等活用特別事業報告書 本丸前・天守台等復原整備事業
編集・発行:大須賀町教育委員会
発行日:1999年3月31日
ページ数:121P+図版11P+30P+13P+31P
定価:非売品
オススメ度:★★★☆☆
「町の成立から現在まで大きな影響を与え続けていきた横須賀城跡は、当町にとってかけがえのない財産であり、町民のよりどころです。しかし、明治維新で廃城となった後、建物や石垣を失い、街並みが形成され、更に高度経済成長期に堀跡が埋め立てられて、城としての景観を完全に失ってしまいました。このような状況を憂いた多くの人達の努力により、昭和56年城跡は国史跡に指定され以来保存活用の諸事業が図られてきました。特に平成7年度から始まった「史跡等活用特別事業」いわゆる「ふるさと歴史の広場事業」では、天守をふくむ本丸一帯の整備が進み特に本丸前の大石垣は他では見られない玉石積みの高石垣で、見た人に驚きを与

書評:
える独特の景観をつくっています。」
今はきれいに整備されている横須賀城ですが、どのように整備されたのか経過をみることができて貴重です。いたずらで壊されてしまった模型の製作過程をみると、苦労して完成したのに心ない人がいて残念です。
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史跡小田原城跡 二の丸中堀Ⅱ 史跡整備事業に伴う発掘調査の概要 小田原市文化財調査報告書第48集

史跡小田原城跡 二の丸中堀Ⅱ 史跡整備事業に伴う発掘調査の概要 小田原市文化財調査報告書第48集
編集・発行:小田原市教育委員会
発行日:1994年3月31日
ページ数:82P
定価:800円
オススメ度:★★★☆☆
「発掘調査とそれに続く石垣復原工事は平成4年春をもって無事終了し、江戸時代の美しい水堀によみがえりました。今回報告いたします概報Ⅱはその続編に当たり、昭和63年から平成3年にかけて行われた発掘調査の概要です。」
巻頭の口絵にある障子堀の写真は当時の様子がよく分かります。
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史跡小田原城跡 二の丸中堀Ⅰ 史跡整備事業に伴う発掘調査の概要 小田原市文化財調査報告書第45集

史跡小田原城跡 二の丸中堀Ⅰ 史跡整備事業に伴う発掘調査の概要 小田原市文化財調査報告書第45集
編集・発行:小田原市教育委員会
発行日:1993年3月31日
ページ数:53P
定価:600円
オススメ度:★★★☆☆
「昭和58年以来続けられてきた発掘調査の成果は、戦国時代の障子堀が堀の底に隠されているのが発見されるなど、目を見張るものばかりで、それらの発見を報ずる報道を何度か御覧になった方もおられることと思います。昭和62年から開始された江戸時代の姿への復原作業は、こうした数多くの成果を盛り込みつつ進めてきたわけですが、この報告書が刊行されるころには工事も一応の完成を見て、二の丸中堀は元の美しい水堀の姿に戻っていることと思います。今回は昭和58年から昭和62年にかけて行われた発掘調査の概要をまずお知らせすることにいたしました。」
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