金沢城  本丸拡張は「寛永の大火」以前

金沢城の本丸一帯は寛永8年(1631)の大火より前、元和年間(1615-24)に大規模な拡張造成が行われていたことが27日、県教育委員会金沢城研究調査室の発掘調査で分かった。本丸が北側に突き出すように拡張されており、大量の盛り土が確認できた。これまで、城郭の構造が定まったのは大火後とされていた。
また、本丸三十間長屋の石垣下部が始めて見つかり、建てられた時期は出土品から寛永の大火後と分かった。石垣は昨年確認された三階櫓の石垣とつながっていた。接続部の積み方から、17世紀後半、長屋と三階櫓の石垣が同時に改修されたことも確認できた。(北國新聞2006年7月28日)