金沢城 三階櫓に再建計画

17世紀初頭から金沢城の象徴として本丸にそびえ、宝暦の大火(1759年)で焼失した「三階櫓」に天保年間(1830~44年)、再建計画があったことが確実になった。金沢工大環境・建築学部の増田達男教授と石川県金沢城調査研究所の正見泰調査研究専門員が5日までに三階櫓の新たな図面を見つけ、計画を裏付けるものと確認した。現存史料が少ない三階櫓は謎が多く、辰巳櫓と同時期の再建計画確認は金沢城史の新発見となる。
見つかったのは「中ノ重小屋指図」「上重小屋組図」「下重小屋妻小屋ノ図」などと題された建物構造図8枚。この三階櫓は、金沢城にあった三重櫓のうち三階櫓を除く菱櫓、橋爪門続櫓とは形が異なる。書かれていた寸法が2000年に同市内や東京の建設会社で見つかった三階櫓図の寸法と一致したため、三階櫓と判明した。(北國新聞2009年7月6日付記事より)