金沢城の桜

今年は桜開花宣言の後、雨も降らなかったので桜も散っていないのでうれしいです。満開は昨日あたりでしたが、本日も満開の桜を満喫できました。
金沢城の桜
金沢城の桜
金沢城の桜
明日までライトアップ期間です。地元新聞にも紹介された二の丸の内掘に映る桜を楽しめる絶好のビューポイントです。夜景は一眼レフカメラでないと引き伸ばすには耐えられませんが、なかなかの写真が撮れました。
金沢城の桜

丸岡城桜まつりと大奥展

今日は晴天です。朝早くから福井に出かけました。
丸岡城桜まつり
最初の目的地は、丸井城桜まつり開催中の丸岡城です。
丸岡城桜まつり
新聞では「5分咲き」と書かれていましたが、確かに満開には数日早く、3分から8分咲きくらいで、太陽の当たり具合で差がありました。
丸岡城桜まつり
イベント開催時間より早く着いたので、まだ人はまばらです。
丸岡城桜まつり
駐車場とは反対側にまわると、「国宝霞ヶ城」の碑がありますが、こちらは上のほうがまだまだ蕾の状態です。
丸岡城桜まつり
今日は天守の入口で入場券を確認していたので、天守のまわりは自由に回れたので、石垣と桜を十分に楽しみました。
丸岡城桜まつり
ぐるっとまわって来ると、ちょうどイベントが始まる時間になっていたので、大勢の人が集まってきていましたが、話している言葉は、中国語か?韓国語か?最近はどこの観光地でも海外からのお客が増えていますね。
丸岡城桜まつり
途中昼飯を食べて、昼過ぎに福井市立郷土歴史博物館に到着しました。今日の主たる目的地はこちらです。現在、同館では移転会館五周年特別展として「大奥」展が開催されています。
福井市立郷土歴史博物館 大奥展
同館には過去に何度か訪れましたが、今回ほど大勢の人が来ていることはありませんでした。博物館の方々も期待以上の来館者にビックリしていましたよ。
福井市立郷土歴史博物館 大奥展
展示をじっくりと見た後、2時から「見どころ講座 武家女性の衣装と道具」を聴講しました。武家の女性、特に将軍家正室というトップクラスの衣装や道具の見方のポイントが分かり、今後はさらに興味を持って展示を見る事ができそうです。
養浩館庭園
講演のあと、隣接する「養浩館庭園」を見て回りました。前回来た時は、杮葺の建物のほうは修復中でしたがそれも終わり、今日の天候もあって、青空によく映えていました。
養浩館庭園
中池には羽を休めるカモも・・・幸せそうです。
養浩館庭園
建物内から見る築山も絶景です。特別展示に常設展示、この養浩館庭園が付いて600円です。安くないですか?

富山城跡発掘調査で水路発見

富山市埋蔵文化財センターは19日、同市の富山城址公園の発掘調査で、旧富山県庁付近に造られたと推測される石組水路が見つかったと発表した。旧県庁は1900年に建設され、前年に焼失した本丸御殿の跡地に造られたが、石組水路の存在は今回の調査まで知られていなかった。
水路は幅約70センチ、深さ約40センチで両側に石が積まれ、南側は丸石を三段程度、ほぼ垂直に積み上げているのに対し、北側は割った石の平面部分を表にして斜めに積まれていた。同センターは両岸で異なった形態の施設があった可能性を指摘している。
調査では、焼失した本丸御殿のがれきを埋めたとみられる穴も見つかった。中から変色した土壁や瓦、くぎなどが出土し、火災の激しさを物語っている。(北國新聞2009年3月20日付記事より)

七尾城 石垣「台帳」作りへ 規模や構造細かく記録へ

七尾市教育委員会は新年度、日本五大山城に数えられる七尾城の全容解明に乗り出す。城の構造に関する絵図や古文書がなく、険しい山地に囲まれる同城には、中世の石垣や土塁などこれまで確認されていなかった構造物が現存する可能性が大きいという。新年度には、国史跡である本丸周辺の9.8ヘクタールに残る石垣の「台帳」を作り、城の全体像を把握する。
七尾城跡は1934年に国史跡に指定された。しかし本格的な測量調査が行われたのは、能登半島地震で崩壊した石垣の修復の参考とするため、市教育委員会が2007、08年度に行ったのが最初。その際、がけ地や樹木で覆われた山林に未確認の石垣や土塁が数多く残ることが判明したことから、新年度に大規模調査を実施することになった。
新年度の調査では、市教委職員が国史跡指定範囲内に加え、周囲200ヘクタールとも言われる七尾城全域を踏査し、目視で確認。その上で、石垣などを覆っている草木や土などを取り除き、その大きさや角度、構造などを細かく記録する。土中に構造物が埋まっていることが判明した場合には、レーザー測量機を用いることも検討する。(北國新聞2009年3月19日付記事より)

平成20年度鳥越一向一揆歴史館セミナー 「加賀一向一揆と山内惣荘」

平成20年度鳥越一向一揆歴史館セミナー 「加賀一向一揆と山内惣荘」
春らしい天気が続いていましたが、今週末は一転冬らしい天候です。そんな中、白山市の旧鳥越村にやってきました。鳥越一向一揆歴史館友の会総会と歴史館セミナーに参加するのが目的です。歴史館の奥に見える山は二曲城跡の本丸です。
友の会に入会してもう4年経ったでしょうか?その間に平成合併で鳥越村は白山市に合併し、歴史館も白山市の管理となりましたが、広い白山市の中ではその存在も埋没しがちであり、またご時勢もあって予算も縮小傾向にあるようです。
今年は金沢学院大学教授の東四柳史明氏を迎えて、「加賀一向一揆と山内惣荘」というテーマで、室町時代後期から織豊期にかけての鳥越を含む山内衆の動向に関する講演でした。
加賀一向一揆を単なる宗教闘争や農民階層の反乱と捉える考えが一昔はありましたが、その本質は加賀地域における権力闘争や政治闘争であったという論調が現在は主流になってきています。今日の話もそういう論調から外れることなく、そのなかで白山地域の果した役割について話があり、非常にわかりやすく知識を整理できました。
セミナーの前に、現在同館で開催中の企画展「鳥越城と山内の城郭」を見学しました。本企画展は年度をまたいで開催されるということで同館では初めてのことです。
加賀一向一揆最後の砦 鳥越城跡
到着したときは遠くの山がうっすらと雪を被っていましたが、帰りはすっかり一面雪に覆われていました。ちょっとびっくり!!
加賀一向一揆最後の砦 鳥越城跡
加賀一向一揆最後の砦 鳥越城跡
1市2町5村が合併した白山市では、合併後から重複する施設の見直しが進められていますが、資料館も現在その対象となっているようで、この友の会もあと何年続くのやら・・・

七尾市 七尾城跡取得へ協議

七尾市は新年度、国史跡「七尾城跡」の取得に向け、国、県との協議を始める。城跡はすべて私有地のため、これまで本格的な発掘調査が行われていないものの、中世の能登畠山氏が拠点とし、往時の城郭や石垣など貴重な遺構が多く残る。取得後は石垣、建造物の調査を行う方針で、将来の一部復元も視野に、全容解明を進めていく考えである。
七尾城跡は、標高約300メートルの本丸跡を中心に、総石垣造りの郭群や石垣、土塁や出城跡などが東西800メートル、南北2.5キロメートルの間の約200ヘクタールの山地に残っており、このうち9.8ヘクタールを1934(昭和9)年に国が史跡指定した。
市教育委員会によると、七尾城跡は廃藩置県後に政府から民間に払い下げられ、現在は約3分の2を地元地権者1人が所有、残りは32人が共有している。私有地のため、発掘など所有者の負担が生じる大規模な調査はほとんど行なわれていない。
市は、七尾城跡取得のため国に交付金を要請する方針で「取得できれば、中世山城の研究がさらに進むことが期待できる」としている。(北國新聞2009年3月11日付記事より)

平成20年度発掘報告会 いしかわを掘る

今日は午後から金沢市内へ出かけました。
まずは石川県立美術館で講演会を聞きました。「加賀藩御細工所」というテーマで嶋崎館長が、御細工所の経緯や組織、職務などについて概略を分かりやすく解説をしていただきました。総じて役職の責務に対して、その報酬は低かったようです。
その後、生涯学習センターで開催されていた石川県埋蔵文化財センター恒例の今年度の発掘報告会「いしかわを掘る」に参加しました。
今年の報告は、
三日市A遺跡(野々市町)
能美古墳群(能美市)
大泊A遺跡(七尾市)
横江荘遺跡(白山市)
松波城跡庭園跡(能登町)
七尾城跡(七尾市)
の6箇所です。
到着するとちょうど後半の横江荘遺跡の報告前でした。会場には今年も多くの人が詰め掛けています。先の講演より人数多いですね。
平成20年度発掘報告会 いしかわを掘る
今年の展示は少ないですね。大泊A遺跡と七尾城跡のパネルと七尾城跡の遺物が並べられています。
平成20年度発掘報告会 いしかわを掘る
平成20年度発掘報告会 いしかわを掘る
今年は城跡関連の現場説明会は4ヵ所(金沢城跡、七尾城跡、松波城跡、二曲城)で行われましたが、金沢城跡以外は日程の都合がつかず行くことができませんでした。そのうちの2ヵ所を聞けるとあって期待していました。
平成20年度発掘報告会 いしかわを掘る
松波城跡では昭和37年に発見され、昭和55年に一部調査が行われた庭園跡周辺の発掘調査が行われ、礎石建物群と枯山水庭園遺構の調査成果が発表されました。来年度も引き続き調査が行われるようですが、松波城跡は本丸や大手の位置がはっきりしておらず、中長期的には遺構全体の調査が行われるようです。
平成20年度発掘報告会 いしかわを掘る
報告の最後は、能越自動車道建設の事前調査として、平成17年度から行われている七尾城城下町の報告でした。庄津川と大谷川に挟まれた地域は、総構の外側になり、この地域では始めての調査となりますが、多くの掘立柱建物や井戸が発見されました。
平成20年度発掘報告会 いしかわを掘る
井戸ははじめ石で覆った形で発見されることが多いようで、
平成20年度発掘報告会 いしかわを掘る
たくさんの石が集まる部分を丁寧に取り除くと、
平成20年度発掘報告会 いしかわを掘る
井戸が発見されることがおおいそうです。この辺りは1.5メートルほどの深さだったそうです。意外と浅い?
平成20年度発掘報告会 いしかわを掘る
井戸の中には石積みの裏などの構造を確認するために、こうやって縦割りすることもあるそうで、一度現場で見てみたい!

「週刊 安土城をつくる」は新しいブログとしました

ディアゴスティーニの「週刊 安土城をつくる」は、これから日記が多くなりそうですが、他の日記に埋没してしまいそうなので、別のブログを開始しました。
他にも安土城をつくる人たちのリンク募集中!!
国盗りカウンターも新たにゼロから開始します。
国盗りカウンター

七尾城跡修復委員会 石垣メーンにPRを

七尾市の第四回史跡七尾城跡石垣修復委員会は3日、同市役所で開かれた。委員である歴史、考古学専門家が二年前の能登半島地震で損壊した石垣の修復状況を現地視察し、「七尾城の特徴は石垣。これをメーンにきちんと調査し、もっとPRしていくべき」などとアドバイスした。
国史跡の七尾城跡は、能登半島地震で本丸登り口と桜馬場最下段の二カ所の石垣が一部崩壊した。市は昨年四月に金沢学院大の橋本澄夫名誉教授や東四柳史明教授ら四氏を委員に迎えて同委員会を発足し、往時の工法を採り入れて昨年九月に修復が完成した。この日は委員が修復された石垣を見て回った後、市役所で修復工事や発掘調査などについて協議した、委員からは「埋もれている石垣もきちんと調査を」「市役所に七尾城調査室をつくって継続調査をしていくべき」などの意見が上がった。(北國新聞2009年3月4日付記事より)

御館の乱と川中島合戦

御館
直江津駅に程近い住宅地の中に御館跡あります。現在は御館公園となっている場所から、以前の発掘調査のときに遺物が見つかりました。数組の親子がくつろぐ公園ですが、昨年整備された解説板と、以前から立っている石碑以外は何もないところです。
御館
十念寺
次は十念寺です。ここは浄土宗のお寺ですが、上杉謙信が川中島合戦のときに戦火を避けるために信濃善光寺から仏像等を当寺に移したそうです。
十念寺
正面の蛙股や木鼻の彫刻が繊細です。上越市指定文化財になっている鎌倉時代の五輪塔もありますよ。
十念寺