森の中から姿を現したのは・・・
ガンダム放映30周年を記念して、東京お台場に建設中?(製造中)のガンダムです。
いやー、ワクワクする勇姿ですね。先週知人が撮ってきたものをいただきました。自分は夏休みに見に行く計画を進めています。生きている間に18メートルの勇姿を目に出来る機会、ガンダム好きは見逃せないこの夏一のイベントですね!!
投稿者: Tadashi
吉野家のどんぶり2個目ゲット
吉野家のどんぶりが届きました。春に豚丼を食べまくって1個はすぐに交換しましたが、期間ギリギリで交換した2個目は郵送希望でした。
(牛丼ではないです。豚のほうがあっさりしていて好き)
これで2人で牛丼・・・相手はいないけど
名古屋城検定 中級合格!!
今日ついに届きました。
めでたく名古屋城検定の中級に合格しました。50点中41点でしたので、前回初級並みの8割正答でした。ちなみに7割で合格となります。
前回の初級の合格認定証と並べてみると、初級より中級はひと回り大きくなりました。(ということは上級はさらにひと回り大きくなる?)
初級は焼印でしたが、中級の氏名は手書きに見えますが、人数分手書きしたのでしょうか?葵の家紋がいい感じですね。赤、青、と来たら、上級は黄色?って信号じゃあるまいし・・・
とは冗談ですが、上級は認定証の形を名古屋城の天守風に切ってもらえないですか?それを宣伝すれば少しは受験率上がるでしょうか。皆さんそれなら欲しくて上級めざしますよね。
さて、第一回の検定結果(公式)ですが、
受験者数:306名
合格者数:162名
合格率:52.9%
最高点:48点
平均点:34.6点
最年長合格:84歳男性
最年少合格:13歳女性
合格率は予想の範囲ですね。初級と違ってテキストの持込なしですから半分くらいです。それで来年の上級はそのまた半分がちょうどいいかな。
それにしても最年少が13歳とは驚きです。いくら歴史が好きだと言っても中学生ですよ。彼女も次回は上級受験するのでしょうね。これは負けられないですね。
弓庄城 越中戦国の地へ
念願の弓庄城跡へ来ることができました。弓の里歴史文化館は上市町の発掘調査遺物の展示がしてあります。
弓庄城発掘で出土した遺物もたくさん展示していますが、無料で入れるので、弓庄城見学の前にぜひ観覧ください。と宣伝はここまでにして、歴史文化館のすぐ前が城跡ですので、駐車場もここを利用します。
文化館の前に石碑が見えますが、それがこの弓庄城本丸跡の石碑です。本丸跡は現在何も耕作していません。
本丸跡を田のあぜ伝いに歩いていくと、田の段丘差が結構あり、弓庄城が丘陵の途中に作られたことがよく分かります。
ふと下のほうをみると、木陰に石碑が見えます。田の真ん中に墓か?忠魂碑か?と思ったのですが・・・
それは個人が立てた「館城址」の石碑でした。隠れた名所?
歴史文化館の脇にはきれいな花が咲いているなあと、また後ろを振り向くと、そこには「弓庄城跡」の説明板が・・・
あれ、横には駐車場。どうりで文化館の横は駐車するには狭かったね。
日中砦 弓庄城が眼前に
攻められた土肥氏の弓庄城を見たのだから、攻めた佐々氏の日中砦も見ておこうと探すこと30分・・・
ようやく見つけました。弓の里歴史文化館で市発行の中世城館報告書で場所は見ていましたが、実際には土地勘がないとすぐには見つかりません。
それでも、川沿いで墓がある場所というキーワードだけでも分っていたのでなんとか見つけられました。
立派な石碑が立つ墓地への入口は土橋の跡です。
土橋の両側には堀跡と土塁跡が見て取れます。
墓地の奥まで行って、弓庄城方角を眺めますが、竹やぶが邪魔です。なんとか切れ間から弓の里歴史文化館が見えました。ここならまさに弓庄城の様子が手に取るようにわかりますね。
下に降りて、川沿いに来ると、
砦跡は高所であることがよくわかります。しかし、墓地はそれほど広くはありませんでした。臨時の砦跡とは言え、少し謎が残りました。
川沿いからも弓の里歴史文化館を見つけることができます。この距離は互いに気を抜けない距離ですよ。戦国時代の緊迫感が伝わってきます。
富山市大山を行く
今日は石川は曇りでしたが、目的地の富山は雨でした。富山県埋文友の会のイベントで大山地区をめぐる予定で、午前中は大山歴史民俗資料館で解説を聞きました。
午後は小見城、中地山城の散策予定でしたが、雨も降っておりどちらかのみという話もあがり、そのまま帰ってきました。
しかし折角立山近くまで来たのに、そのまま帰るのももったいないので前々から行きたかった上市町へ向かうことにしました。
と、その前に、資料館の前後で旧大山町と立山町でいくつかの神社をめぐりましたので紹介します。
まずは蔵王社です。階段下より見ているとわかりませんが、本堂の軒下の壁には彩色豊かな飾り物が付けられていました。
立山博物館の隣りにある雄山神社中宮です。「おやまじんじゃ」といえば、石川では「尾山神社」なので、地元の方が「おやまじんじゃ」と話されていると勘違いしてしまいます。
こちら宮路神明宮です。あまり見るべきところは・・・
雄山神社前立社壇は社殿は大きかったですが、広さは中宮のほうが広いですね。「湯立の釜」は加賀藩13代前田斉泰が寄進したものです。
さて、雄山神社は越中一の宮なのですが、前立社壇、中宮があるということは奥の院もあるのでしょうか?
前田家伝来の甲冑展
金沢能楽美術館では現在「能装束の精華 丸紅所蔵名品展」が開催中です。
その後帰ろうと思いましたが、石川県立美術館で面白そうな展示をしていたので見てきました。
通常展ですが、前田育徳会尊経閣文庫分館で「百万石大名の装い」として、六代吉徳から十四代慶寧までの甲冑と陣羽織が展示されています。これだけの展示は地元でも珍しいですね。これだけの展示が通常展というのもさすがに加賀百万石です。
手前のコレクション展示室では「色絵の系譜」をしていましたので、ついでに見てきました。見ながら新聞に載っていたのを思い出しました。古九谷の加賀説の根拠となっている欠片が展示されていました。
どちらも七月中旬まで。興味ある方はお早めにどうぞ。
金沢城いもり堀 鯉喉櫓台
いもり堀の鯉喉櫓台の石積み作業はほとんど進捗がありません。
ここ数日は裏込石を敷き詰めていたようです。
今日は第3回河北門現場説明会の日でしたが、鯉喉櫓台の石割現場の作業様子も見せてもらえました。
普段は関係者以外立入禁止の藤右衛門丸が作業場所です。初めて入った藤右衛門丸は意外に広かった。
昭和40年代まで使われていた石割道具の数々です。
第3回金沢城河北門現場見学会 屋根工事編
毎回楽しみにしている金沢城河北門の現場見学会ですが、今回は屋根工事が中心となります。
ヘルメットがずらりと・・・前は寄進記名会の宣伝です。ここに来ている人のほとんどは既に寄進済だと思いますけど。私ももちろん寄進しましたよ。
二の門の中に入ると、壁や屋根はほとんどできているので、明かりがないと暗いですね。
報道陣もたくさん詰め掛ける中で、屋根作業の説明がありました。
屋根は木材で形を整えた後、鉛板を貼っていきます。軒先の家紋のところだけは鋳型です。
鉛はぴったりと合わせますが、それでも雨漏りしますから、木材が腐食しないように、さざと隙間を空けて作るようです。
実際の軒先も隙間あるんですよ。説明されるまで気付きませんでしたよ。ここにも匠の技が隠れています。加賀藩特有の鉛瓦にもいろいろと秘話がありそうですよ。
屋根はほとんど鉛瓦も葺き終わっていましたが、今日の見学会のために一部残して作業の様子を見せてもらいました。
建物下では門を飾る鬼瓦に鉛瓦を巻く作業を見学しました。普通の瓦だと、大工と金型職人が順序良く作業するのですが、鉛瓦の場合は、大工と金型職人は交互に作業していくそうです。
現場見学会も残すところ後1回?となりました。楽しみですね。
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